マルシェリーニ・ベルトラン アンジーママのプロフィール

アンジェリーナ・ジョリーのママ、マルシェリーニ・ベルトランについて、日本語のWikiでは
コメントが無かったため、管理人が英語版Wikiを参考に訳文を作ってみました。

訳してみると・・・
ボイドと離婚後、アンジーを育てながらも映画に携わった一人の人間として紆余屈折しながらも
後世に名を、子供達に財産を残した知られざる偉大さを感じました。

改めてマルシェリーニ・ベルトランさんのご冥福をお祈りします。

本名:マリアナ・リン・マルシェリーニ・ベルトラン
生没年:1950年3月9日〜2007年1月27日(享年56歳)

生い立ち
マルシェリーニベルトランは、1950年、シカゴのイリノイでロイス・ジェーンとロナルドFベルトランの娘として
生まれました。 父方のほうにフランス系の血が入ってるためか、よくフランス人の女優として間違えられて
いたと、娘のアンジェリーナ・ジョリーはコメントしてます。
また、ベルトランは両親=アンジーの祖父母が所有していたボーリング場で育ったそうです。

1971年12月12日、ベルトランは俳優のジョンボイドと結婚、2人の子
“長男のジェームスへブンボイド(現在は助監督として活躍)“
“長女のアンジェリーナジョリー“を授かります。
しかし、1976年に別居、78年にはボイドと正式に離婚してしまいます。
その後、ベルトランはドキュメント番組の製作者であるビル・ディと知り合いビバリーヒルズとニューヨークで12年間を共に過ごしました。ボイトとの間には2人の子供に恵まれましたが、ビルとの間には度重なる流産もあってか、とうとう彼の子供を授かることは叶いませんでした。
ベルトランとビルは、アマゾネアという映画企画をリドリースコット監督に権利を売ったのですが、この企画は失敗に終わります。

93年、彼女はビルと別れ映画の制作活動に心血を注ぎます。
そして題材として選んだのが、アメリカ先住民の活動家・ジョントリドルのドキュメンタリー映画であり、
その作品は05年のサンダンス映画祭で紹介されました。

ベルトランは、若い頃にリー・ストラスバーグの元で演劇の勉強をしています。
後年、娘であるアンジェリーナジョリーもリー・ストラスバーグの演劇学校で学び、インタビューで「女優を
目指したきっかけは、俳優として有名な父(ジョン・ボイド)の影響よりも、むしろ母であるベルトランに影響
を受けた。」と母であるベルトランを賞賛しています。

07年6月のマリクレールとラリーキングライヴのインタビューで、アンジェリーナジョリーは、ベルトランが
亡くなる直前に次男に『Pax』と名付けてもらったとコメントしてます。
また、「母(ベルトラン)の家系は短命なほうで(アンジェリーナジョリーの)祖母も、若くして亡くなっている。
母=ベルトランも早くに亡くなってしまうのではないかと常に考えていた。でも、母は人生を満喫して一生を
終えたんだと強く信じてる」とエクスワイヤ誌のインタビューでもコメントしています。

卵巣がんを患い、7年半もの闘病生活を送った末ベルトランは息子のジェームス、娘のアンジェリーナジョリー
アンジーのパートナーであるブラッドピットの3人に看取られ、56年の生涯を閉じました。
この間、ベルトランは一切のインタビューを断ってます。
彼女の財産は、彼女自身の意思で兄弟、姉妹、姪、甥そして孫たちに数千ドルを
、息子と娘であるジェームスとアンジーには100万ドルづつの遺産を残しています。
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